ジギザイ・アーギ移し

【じぎざい・あーぎうつし】

いかなる希望もなく、惨めで絶望的な人生を送っていること。基本的には、自虐表現として用いる。

訳注

ジギザイ・アーギ

ガダカイの画家。ただし生前は絵を描いていることは誰にも話しておらず、孤独死した自らの腐乱死体と共に、ゴミだらけの部屋に積まれていた大量の異様な絵が発見され、生前、苦痛と孤独と絶望の中にいたであろうことが容易に推測できる壮絶な死に様も相まって、センセーショナルな報道が繰り広げられ、一気にその名と作品が広まった。

絵は全て安物の紙に描かれており、線を執拗に回転させて画面を埋め尽くすように描いた手法によるものが多い。恐らくだが、一本の線、つまり最初から最後まで線を途切れさせずに「一続きの線」で描いたものと思われる。ほとんど読み取れないが、「目」など、特に強調している部分の周辺にのみ、明らかに文字と認識できる、他の線とは異なる表現があり、一部だけだが、ほぼ確実に解読できたものは全て憎悪に満ちた言葉であったことから、他の「文字」も同様であろうとされている。

日記など、自らについて書いた文章は一切無く、交流も皆無と言ってよいほどだったので、手紙などもない。写真も一切、残してらず、遺体も発見された時にはドロドロに腐乱した状態であったことから、生前の姿は不明。ジギザイ・アーギについては、遺体発見当時に撮影されたゴミや汚物にまみれた部屋の写真や、蔵書、戸籍、通院していた病院のカルテなどの記録(恐ろしいほど多くの種類の病苦を抱えていたことが読み取られる)、そして残された作品からしか得られる情報は無い。

人を不安にさせる様な画風であるが、孤独や病気、貧困などに苦しむ人々の中に、熱狂的なファンが多い。

「仮面の画家」として有名なレゴールの画家ヴェドル・イージアは、「仮面の画家」となる以前に、ジギザイ・アーギの作品についての意見を問われた際に、「幼稚で惨めな作品だ。何故こんなに評価されているのかわからないね」と侮蔑して物議を醸したことがあったが、「仮面の画家」になった後、ジギザイ・アーギに惹かれるようになっていったという。ガダカイ国立美術館などで作品の前にたたずんでいる姿を多くの人に目撃されており、また、作品も何点か購入している。そしてジギザイ・アーギは「真の画家だ」と妻エミル・イージアやケディク・ギーバンなど身近な人間に話すようになったことが記録に残されている。

竜野将による再現画

完全に再現することは不可能なので、あくまでも「このような印象の絵である」という参考程度に留めていただきたい。

「○○移し」

「○○移し」という表現は、ラヴェニール文明時代の、絶対美を表す言葉「夕移し」から派生したものであるとされており、史上初の世界統一をなしたセレンディール文明誕生直後に起こった、世界規模の怒濤とも言える文化交流の中で多くの派生語を生んだ。

すでに馴染んでいる事象や固有名詞と簡単に組み合わせて、誰にでも意図が伝わりやすく、シンプルかつ調子良く語尾をしめる造語をしやすいことから、現在でも(粗製濫造気味に)造語され続けている。実際、「何でも移し」(安直な発想の意)など、この「移し」を利用した造語自体を揶揄することわざもあるほど。

特に多いのが、セレンディール文明誕生以前の有名な人物名との組み合わせで、由来となったラヴェニール文明時代には、個人名との組み合わせ表現は見られないことから、その差異が研究対象になるなど注目された。