醜欲

【しゅうよく】

① 醜い欲望。

② 醜い者が、美しい者に抱く欲望(ラヴェニール文明時代)

現代では②の意ではほぼ用いられないが、発祥であるラヴェニール文明時代では、主に②の意で用いられていた。

ラヴェニール文明では、醜い者のほうが「美への憧れや賛美の精神が強い」ので、醜ければ醜いほど「美を生み出す」情熱も強くなる、という考え方が根底にあり、「(醜い者が)美しい者に抱く欲望(醜欲)」は必ずしも否定されるものではなく、むしろ肯定する傾向があった。「醜欲」とは「醜い欲望」という意もあるが、「醜い者が美しい者に抱く欲望」の意のほうがより強い。

訳注

ラヴェニール文明

一般に「美の文明」と呼ばれるように、美を「絶対善」とし、非人道的なまでに美への追究を徹底したことで有名な文明。はるか古にラヴェニール文明が滅び、その後継文明となったルウェイン文明すらもセレンディール文明に飲み込まれ滅びた現代でもなお、「美の基準」はラヴェニール文明の影響が色濃く残っているほどに大きな存在感を有し続けている。

ラヴェニール文明を象徴する存在として「セレンディール人」「リューズ」がある。ラヴェニール文明が、美に関して技術的にはもはやこれ以上はほとんど成長の余地が無い、という、限界に近いところまで到達し、停滞期に入っていた時代に生まれた伝説的な王ルーレイ・ラナディーレリーにより、絵や彫刻、物語などの「作り手」側ではなく、「対象」側、つまりモデルとなるものを美しくしてゆけばよい、という恐ろしい考え(元からラヴェニール文明にはそういう傾向はあったが)が徹底的に推し進められ、これが、後のヴェルナトールとリューズレイ、そしてセレンディール人誕生へと繋がり、このヴェルナトールとリューズレイの兄妹により、リューズとセレンディール人は完成の域に達した。

ラヴェニール文明が生み出した美には、その絶対的な美しさと共に、常に死のイメージが付きまとうほど(事実、ラヴェニール文明には、死を「美」への貢献につながるものと考える思想が根底にあった。「セレンディール人」「リューズ」訳注参照)、現代の基準では人道に反する所業を連ねたにも関わらず、今なお、多くの人々を魅了し、憧憬を以て語られる文明である。